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2009年2月

2009年2月24日 (火)

コミュニケーション(246日目)

すいません、さぼってました。更新。

今日は職場のみんなとお昼を食べました。

オカンが来る時にみんなでお昼を食べようと思って、そのケータリングを同僚に相談。

楽しく会話・・・

そんな時、他のクラスの同僚が一言。

「MOMIってさ,こっち来て何か月だっけ?」

「8か月経ったよ。」

「私さ、最初MOMIと話すの苦手だった。言葉わかんなくてコミュニケーションとるの難しかったからさ。話したいって思えなかったの。でも、今はもう平気。英語もビサヤも上手になったもんね。」

「マジで?うれしい~~!!」

そしたら他の人も「私も!!」って。

当たり前だけど、難しいって思ってヤキモキしてたのは私だけじゃなかったんだなぁ。

自分では英語もイロンゴ語もまだまだわからないことだらけだけど、ちょっとは上手になったのかしら?だとしたら嬉しいな。

ちょっと嬉しかった今日。

明日も笑顔でがんばりまっす!!

うふふ。

あ、カメラ直ったから、ちょくちょく写真つきで更新もしないとね。

本来の筆不精に戻ってしまわないように。。。がんばります。

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2009年2月18日 (水)

ひまわり(240日目)

Himawari

こないだ言ってた看板ができました!

字もちゃんとレタリングしてカッターで色紙切って重ねて貼ってまた切って・・・で作りましたよ!

3日かかっちゃいましたが、教室の入口で「マブ~ハイ!」って元気に挨拶して笑顔で入れるように。

そんな私、最近イライラが募っていて(ブログでお気づきでしょうが・・・)笑顔がなくなってたのかな、って気づいたので、態度改善しました。

その結果、なんだかいろいろうまく回り始めた気がするの。

な~~んだ、や~~っぱり私が悪かったんじゃ~ん。

ってわかったのが今回の収穫。

よかったよかった。

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2009年2月16日 (月)

はじめてのおつかい(238日目)

澁谷母51歳にしてはじめてのおつかいに挑戦することが決まりました。

彼女の指名は、私におにぎりを届けること。

挑戦の日程は3月末~4月頭。

今日、すっかり酔っ払って電話してきた彼女は、

「成田のホテル取ってぇ~~えへへへへ~~」と上機嫌。

無事にパスポートが取れるのか?

飛行機に乗れるのか?

成田まではたどり着けるだろうけど・・・・

飛行機の中でまた酔っ払いはしないだろうか・・・。

マニラで久々の再会が酔っ払いとかやだな。

しょうがないか、それも血ってことで。

あ~~私も生ビール飲んで酔っ払いたい。

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2009年2月12日 (木)

やっちまいました(234日目)

朝、全校朝礼のあと、うちのクラスの先生が出勤してくるまでに30分以上あるので、

そこでちょっと授業してます。歌遊びとか、簡単なルールのゲームとか。

今日、朝の歌遊びの最中、R君がN君を殴りまくります。

注意して、注意して、注意して・・・・そのたびに謝るけれどやめないR君。

仕方がないので、反省コーナーを作って、移動させました。

すると、R君、そんな経験がなかったのか、けっこうな落ち込みぶり。

そりゃそうです、いつもN君は先生に怒られる存在。R君は何をしても学校で叱られたことなどなかったのですもの。

8時頃来たボランティアティーチャー

事情を説明すると、やはりNが何もしていないというのを信じられない様子。
「本当にNが始めたんじゃないの?あなた本気で言ってるの?」と。

早口のイロンゴでなんか言いながら、R君を反省コーナーから引っ張り出し、他の場所に移動させました。説明を求めると、「MOMIはイロンゴわかんないでしょangry」とのお言葉。

その後来た担任。

私の授業が終わると同時に、もう一回説明を求めました。「教えて。」って。

結論。

Rのお父さんはえらい。

Nのお父さんは無職。

だからRはえらい。

「お父さんのため?」聞いてみました。

「MOMIはNがRより好きなんでしょ?」

プチン

何かが切れてしまった。

「今なんつった?勘違い、それ。いつもNが悪いわけじゃないってだけだよ!!」

「私はRはそう思ったって言ってるのよ!」

「私はそうは思わない!反省してたんじゃないの???あのさ、遅刻してきて状況みてもいないのに何でRがそう思ったって言えるのよ?」

「なに?Rがそう思わないってMOMIに言ったわけ?」

「言ってない、でも少なくとも私はその時ここにいて、状況を見てたよ!!」

私すごい剣幕で言ってたと思う。

「もうやめ!どうせMOMIイロンゴ分かんないでしょ。」

「そうやって、話すのやめないでよ、私だってわかりたいよ、わかるようにがんばってるよ!でも、やめたら結局わからないままじゃんか!ちゃんと話し合おうよ!」

「やめたの、やめた、はいはい、もういいの!!MOMIの言うとおりでいいよ、もう!」

「それじゃ何にもなんないじゃん!話し合おうよ!!」

みたいな感じで口論しちゃいました。

反省。

子どもの前でやっちまいました。

しかも、その後、状況説明のできる子が、「MOMIの言ってたことは本当だよ、Nは何もしてないのに、Rが叩いてやめなかったから、MOMIはRを移動させたんだよ。」って他の先生に説明してくれてた。

そしたら、先生、びっくりしてた。

まだ信じてなかったんだね。やっぱり、私の言ったこと。

イロンゴも英語もできなくて馬鹿にされていたのは知っていたけど、悔しかった。

「やっぱり信じられないんだね。」って言っちゃった。

その後、8時半を過ぎても(始業は7時)まだ悠々と化粧をしている担任の横を通って、「MOMI・・・」って、ノートを持って私のところに来てくれた。

みんな、授業やりたいんだよね、子どもたちはさ。

ごめんね、悪い空気にして。。。。

でも、休み時間には、子どもたちが、私に叱られたRでさえも、いつものように、「MOMI,MOMI!って笑顔で声をかけてくれた。

味方は子どもたちだけだった、今日。話のできるもう一人の担任はなぜか来なかったから。

午前中の授業が終わって子どもたちが帰った後、早口のイロンゴで悪口言われてるのがわかって悔しくて退室した。

すっごいすっごいす~~~っごい悔しかった、今日。

自分の言いたいことをうまく言えないもどかしさ。

何もしていなかったNが当然のように悪者にされていく悔しさ。

実は、泣きそうだった、負けそうだった、今日。

「午後、熱が出たらいいのに」と思ってしまった。

でも、午後、出勤して、教室の入口の掲示物を作ることに決めた。

他のクラスはみんなきれいな掲示物があるけど、うちのクラスにはないから。

デザインして、紙を買ってきた。

デザインは、大好きなひまわりの花に決めた。

ひまわりみたいなでっかい笑顔が咲く教室になるといいな。

あ、やべ、一人になってこれ書いてたら涙出てきた。

すんません、今日は凹み愚痴日記です。

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2009年2月11日 (水)

料理曜日(233日目)

昨日書いたとおり、今日は祝日。

退院間近のディディンのお見舞い行ってきました!

なんと今日の午後にはディディンは退院。よかったぁ~。

仕事もやめなきゃいけないし、まだまだ休養は必要なのだけど、何はともあれ、よかった。



で、病院に行く前にお兄ちゃんとお母さんが、「お昼どうしよっかぁ~?」って話していたから、

「日本食、食べる???」って言ってみた。

マニラに行ったときに買ったり、いただいたりして、実は日本食の材料がけっこうある我が家。

今回は、先日帰国されたN隊員からいただいた焼きそばソースを使って、

やきそば作りました!

Yakisoba

麺は、こちらで「バチョイ」というラーメンみたいなのに使う麺で代用。

市場で見つけたピーマンがうれしくてついつい投入、家族には不評なピーマン。

でも、焼きそば大好評!

今まで寿司、うどん、にくじゃが、味噌汁、ふりかけ・・・にチャレンジしてきたうちの家族。

お兄ちゃんは、「焼きそばが一番うまい!」と申しておりました。

あと、お好み焼き。

Okonomiyaki

山芋みたいな「ガビ」っていう芋を買ってきて、おろし器ないので細かく刻んで。

キャベツたっぷり。

小エビ買ってきて殻もちゃんと向いて。桜エビみたいな乾燥エビあったからそれも買ってきて入れて。

これはお母さんに大好評。

ぺろりと頂いてくれました!

ふふ。

久しぶりに料理しちゃった。

ホームステイだとさ、なかなか料理する機会がないんだよねぇ・・・。

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2009年2月10日 (火)

祝日(232日目)

明日、祝日だって。

今日決まったんだって、それ。

びっくりじゃない??

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2009年2月 9日 (月)

フィリピン人から見た日本人とフィリピン人(231日目)

午後教室に行ったら、カウンターパートが「あなたのこと探してる人がいたわよ。」と名刺を差し出した。

裏には。。。

「小学校1年生の○○からあなたの話を聞きました。お話したいので電話ください。」と、なんと漢字交じりの日本語が!

え!!と思って電話。15分後には会うことに成功!

彼女の名前はNina.44歳。ニューヨーク在住。
高校生の時、父親の仕事で渡米し、その後、母国であるフィリピンと、文部科学省の奨学金で日本にも留学、就職、1984~94年までの10年間日本に滞在していた、という彼女。

久しぶりにめちゃくちゃ日本語喋った!だって、光GENJIの話とかしちゃったもの!!

でも、もちろん英語がめちゃくちゃ流暢なので、英語の勉強にもなった。
彼女の英語はとても聞き取りやすくて、スラングもなくて、すごくお手本にしたい感じの英語だった~!

私もあんな風にしゃべりたい!

ところで彼女は何をしているのか、というと。

子ども向けの辞書の活用を推進している。

フィリピンの教育では、子どもに辞書は使わせないし、英語は必須だけどなかなか「正しい」英語を学ぶ機会は持てない。だから学校に辞書を置きたい、という彼女。

でも、寄付してもダメだ、という。

「フィリピン人はさ、お礼言うとか、支援を活かすことが苦手なのよね。もらったらもらいっぱなしになっちゃう。でも、それじゃダメ。何でもくれって要求するんだったら、もらったもので結果を出さないと。他にも欲しい人はいっぱいいるんだから、なぜ他じゃなくて、うちに寄付が必要なのかってことも示さないと。」という彼女はかっこいい。

彼女のアイディアはすごい。

彼女は「本の銀行」というけれど、

辞書を1校につき50冊貸し出す。あくまでも、貸し出す。

勝手に寄付を送るんじゃなくて、借りる側が契約を結ぶための準備をしないといけない。

で、貸しだされた本の管理は、地域の大学がする。

本には、寄付金を出してくれた人の名前が書かれる。(この人がこの本を買ってくれました、って。)ナンバーもしっかり打って、1冊でもなくなろうものなら彼女は激怒する。
貸出の地点で保証人を立ててあり、保証人の負担ですべての本を返却することが契約書に明記されている。

「フィリピン人はバカじゃない。きちんと管理もできるんだけど、その体制はしっかりつくってあげないといけない。私は厳しすぎると人は言うけれど、でも、それは必要なことでしょ?」と言う。

もちろん、この厳しい要求は、彼女がフィリピン人だからできること。彼女も言ってた。
「私フィリピン人でも、えらそうに・・・って言われるもの。前の学校で本がなくなったときにも、フィリピン人はここはフィリピンなんだから仕方ないから怒るなって私に言ったけど、そうじゃないでしょう?」と。

正論です。彼女の言っていることは。

「寄付は政府を通してもダメよ、取られちゃうから。行き先の見える寄付でないと、支援者だって安心できない。寄付したものがどこでどのように使われているのかを調べられるこのやり方は、もらう側にも、寄付する側にも必要なことなはずよ。」と。

そしてディナーに招待され、彼女がロハス市でホームステイしているおうちに。

そこのおじいちゃんは日本がフィリピンを占領していた時、日本兵の下で働かされていたのだそう。
覚えている日本語、として彼が口にしたのは、すごく強い口調の「おい、あれ持ってこい!」

それを聞いて彼女は、

「それは戦争時代の話し方で、今その話し方はとても失礼な話し方になるのよ、当時の日本人は確かに悪かった、でも、理解してほしいのは、彼らは洗脳されていた、心を支配されていた、ということ。彼らは暴力的になることでしか、生きられなかった。自らの生死がかかったら、人はいくらでも他に暴力的になれてしまうのよね。」と、おじいちゃんに説明をしてくれた。

なんだか、ありがとう、っていう気分になった。

それから、よくフィリピン人が言う「日本人はどうして英語がしゃべれないの?」という疑問に、私は国語の表記の複雑さを学ぶ必要性などを話したら、
「それもそう、日本人は自国の言葉を学ぶのが大変。それから、フィリピンとは違って、国として経済が独立しているから、英語を学ぶ必要が少ないんだと思う。」と。納得。

海外に職を求めて出ていくことって、早々ない話ですものね。

そんな彼女との話は、すご~~く客観的にフィリピンを、そして日本を見ていて、その解釈もすごく正しいように思えたし、なんだかすごく勉強になった。

他にもいろんな話をして、彼女がすごく賢い人で、フィリピンの発展を、フィリピンの人の幸せを祈っていて、積極的に活動しているんだってことがわかって、素直に尊敬!!!

いや~、今日はいい出会いだった!!!

しばらくロハスに滞在する彼女。

また話をする機会をもって、いろいろヒントをいただきたい!

いつかああいう女性になれたらいいな。

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2009年2月 7日 (土)

算数(229日目)

oneAさんは2時間で仕事を終えます。
Bさんは同じ仕事に3時間かかります。
2人でやったら何時間で終わりますか?

two8人で20日かかる仕事があります。
3日後、3人減り、5人になりました。
全部終えるには何日かかりますか?
                    

小学校6年生の算数の大会用の問題です。

むずかしくね?

どのくらい難しいのかっていうと、

ロハス市で一番算数得意な先生(こないだ、算数教育部門で表彰された)が、
申し訳なさそうに・・・

「MOMI、これ、わかんないんだけど教えて。」って持ってきた問題がこれ。

幸い解けた(解き方が正しいのかどうかはわからんが)ので、

「日本人が数学得意って本当ねhappy01!」と、今後の活動に向けての宣伝にはなったのですが。

問題がたくさん。

まず、

oneこの問題を6年生に解かせようとしていること。

two添付された正解が間違っていたこと。(2つ目の問題の正解は、24日となってたcoldsweats02

three市で一番のはずの先生が・・・解けなかったこと。

でも、すかさず一言、言ってやりました。

「日本の算数の時間はね、フィリピンより少ないと思うんです。(うちの算数は毎日60分やってる。)でも日本人が算数得意なのはね、教え方が工夫されてるからなんです。私フィリピンの算数の授業ちょっとしか見たことないけど、すごくたくさんの違いがあると感じました。今度、日本の算数もちょっと紹介しますね!!」

ふふ。反応はばっちりでした。

活動にチャンス到来かも。

本来の要請内容にはなかったことだけど、ちょっと幅を広げて、フィリピン人が苦手な算数教育にちょっと口出そうかな・・・と最近思っています。

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2009年2月 6日 (金)

死が近い国(228日目)

今日は死のお話。

ホストファミリーの親戚のディディンが病院に運ばれた。

心臓肥大とか、血栓とか、肺だとか、情報が入り乱れているけれど、

今ICUにいることは確か。

ちょっとした自慢だけど、ホストファミリーはすごくいい家族で、
「ホームステイなんて絶対やだ!」と思っていた私の気持ちを容易に変えた。
近所はみんな親戚で、その親戚の中でも特によく面倒をみてくれたのはディディン。
彼女は料理がすごく上手で、何か機会があるとよく料理を作ってくれた。
おもてなしの国、フィリピンで、彼女の料理上手はすごくありがたくて、
私の誕生日や送別会(こちらでは、主役が準備します)には、手伝ってもらうつもりだった。

実は、彼女、10年くらい患っていたらしい。

でも病院には行ってなかった、いや、行けてなかった。

その結果、ICUにいる。今。

公立の病院に行ったけれど、設備が整っていない公立病院では無理と言われ、
私立の病院に移された。

すごく遅かったけど、病院に行けただけこの国では幸せなのかもしれない。

でも、高い。とにかく高い。

優秀な先生であるうちのお姉ちゃんの月収が約10000ペソのこの国で、
私立病院のICUは1泊2500ペソもする。治療代、薬代は別で。

今、彼女はそこで生死をさまよい、戦っている。

なんて悲しい話なんだろう。

私にできることは少ない。でも、助けたい。

本来、「任国の人にお金は貸さない、与えない」と思っていたんだけど、
気持ちばかりのお金をディディンの家族に渡してもらうことにした。

だって、彼女や家族は、私が日本人だと知っていても、めずらしくお金の話を一切しなかった。

ちゃんと、最初から私を個人として扱っていてくれていた。

協力隊員として合っているのかどうかはわからないけれど、
彼女に対して今できることは、やっぱり「お金を渡すこと」なんだと思ったから。

とにかく、彼女の回復を、祈るばかり。

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2009年2月 5日 (木)

やりたいこと(227日目)

私のやりたいこと

「学校行くの楽しい!」って、子どもたちに思ってもらうこと。

休み時間は当然楽しい。

そうじゃなくて。授業が楽しくなくちゃだめ!

そう思って、いろんな教材作って、休み時間とか、先生がいない時、授業やる気ないときにコソコソ子ども集めてやってました。でも、先生の目にはつくように・・・。

そうやって半年。

今週に入り、私の作った教材を貸してと言い、実際に使ってみる同僚が!

しかも、これ、1日だけじゃなくて、翌日もやってたっていうのがミソ。

今はまだ、「コントロールされた遊び」っていうか、「ねらいを持って遊ぶ」ってのがわかってないから、先生こそが「マジ遊び」になっちゃってるけどいいの。それが第一歩だからね。

今日、「かけ算って日本でも覚えさせる?」って聞かれて、チャ~~ンス!!

ふふ。実はチャンスを探ってかばんの中にかれこれ1か月潜んでいた単語カードのかけ算版、紹介しました。

作り方も見せたかったので、あえて作りかけにしてあって、目の前で作ってみせました。

1セット欲しい、という話になり、明日1セット完成させて渡します。

本当はさ、それを一緒に作るとか、作り方を教えるとかをやりたいんだけど、それはまだまだ先なの。

いいの、今は教材使って授業した方がいいんだってこと体験してもらえれば。って自分に言い訳してみる昨今。

そして、以前、廃材の段ボールとかで作った教材はウケが悪く、やっぱりいい紙買って作った教材の方が見た目がよくて受け入れられやすいってことがわかったので、
これからはちょっとお金かかってもきれいなものを作ろうと思う。

もちろん、できるだけ安くは仕上げるけどね。

そんなわけで、活動してます。

順調です、最近。

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2009年2月 3日 (火)

一歩(225日目)

今日は、JICA事務所から調整員さんが視察に来てくださいました。

それを知ってか知らずか(伝えてあるけど忘れてた?)同じクラスの先生のうちの一人は朝早く来たし、(ふたを開けたら朝礼の当番なだけでしたが)。

授業やってるし!

しかも、朝、「MOMI,あの、昨日MOMIが作ってたやつさぁ・・・」と、手作り教材貸してくれ、と言うじゃありませんか!

喜んで貸したら、ちゃんとそれ使って授業やって、しかも、ちゃっかり自分の机にしまってました・・・coldsweats01

借りたものは返しましょうねぇcoldsweats01

午後も私が作った別の教材を持ちだして数字ゲーム!

私、授業に面白いことを取り入れてほしくて、
勝手にいろんな学習ゲームをやっていたのね。休み時間とかに。
そしたら、なんとそれをマネしてました!
一番盛り上がってたのは先生で、思い通りにならないと権力使ってやり直し!とかしてたけど、でもいいの。
「ノートになぞり書きするだけの一日」だった日々から、
まず第一歩前進!!

そして今日は実習生の研究授業(みたいな感じ)
いや~、これがいい授業で!
今までフィリピンで見た中で一番よかった!
私もちょっとだけ準備を手伝ったのだけど。
すごいうれしくて、手紙を書いたのね。「ありがとう。先生になってね。」って。
それを渡そうと思ったら、
「MOMI,ありがとう。私、MOMIからすごくたくさん学んだわ。」なぁんて嬉しいことを言ってくれるじゃぁないの!

もう・・・・

そう・・・・・

感無量!!

ひゃっほう!

夕食beerを調整員さんにごちそうになった際、いろいろ支えてくれているお礼とともに、

「明日はどうだかわかんないですけどね~。今日の夢かもぉ~coldsweats02」って言ってみたら、

調整員さんってば・・・

「シブヤさん、1歩進んで2歩下がる、だよ!」

え??

え???

WHAT???

Ano naghambal mo??

つい、突っ込んでしまいました。

「それ、結局1歩下がってますけど・・・。できれば3歩進みたい・・・」

どっひゃぁ~~~!!!

「いやいやいや、3歩3歩!」と言い直してくれる調整員さんの言葉も聞かずに大爆笑。

久々、涙出るまで笑いました!

では、調整員さんのナイスボケに支えられ、
明日も笑顔で1歩進んで2歩下がってきます!!

とにかく今日はなんかいい感じに回ってた!

記念日だ、またheart01

あ・・・

また長くなっちゃった。

ごめんなちゃい。

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2009年2月 1日 (日)

カーニャ島(222・223日目)

カーニャ島、行ってきました。

ロハス市からはバンで1時間半、船で1時間弱。

水道なし、電気は1日にわずか数時間。

小学校は1つあるけど低学年だけ、という小さな島です。

なぜ、そんなところに行ってきたか、というと、奨学金を届けるため。

すご~~く素敵な島で、写真をアップしたいのですが、撮ろうとしたときにカメラの画面に出ていたのは、

「カードを入れてください。」

という衝撃のメッセージ。はい、しゅーりょー。


今回の旅では、あの、長~~い風船を持って行って、犬とか鳥とかウサギとか、あと帽子を作って子どもたちに配ったり(帽子が大ヒット!)

新鮮な魚や海の幸を満喫したり、

飲みまくったり。

シュノーケリングしたり。

大満喫の旅でした~。

本当にのどかで人もおだやかで、子どもも素直でかわいくて素敵なところだけど、住むのは大変なんだろうなぁ・・・。

また5月に行ってきます!

うぃやっほう!

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